巡る因果の猫車 ─ reboot ─

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違憲合憲を判断した判決ではありません

■集団的自衛権無効の却下確定=閣議決定めぐり-最高裁
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201507/2015073101067&g=soc
 集団的自衛権の行使を容認した昨年7月の閣議決定は違憲だとして、元三重県職員の珍道世直さん(76)=津市=が閣議決定の無効確認を求めた訴訟で、最高裁第2小法廷(山本庸幸裁判長)は29日付で、珍道さん側の上告を棄却する決定をした。訴えを却下した一、二審判決が確定した。(2015/07/31-21:18)

 えー、なんかこれ見て閣議決定が合憲と判断された!って誤解してるような人がTLにいたのですが、そんないいもんじゃないんですよ。
 この訴訟、日本においては、ただの馬鹿が起こした意味のない訴訟であり、地裁から最高裁に至るまで、集団的自衛権行使容認の閣議決定について、合憲か違憲かの判断は一切なされておりません。どうしてそうなるかと言えば…

●日本において、抽象的違憲審査を行う裁判所は、存在していない

 基本として抑えておくべき事なんですが、日本の司法システムにおいて、施行前の法律や成立以前の法案、そして法案以前の閣議決定を合憲か否かを判断する機能は持たされていないのですよ。
 と、言いますのも、日本において裁判所は全て司法権の下に設置されており、そのため、違憲立法審査についても司法権の行使として行われることになります。つまりは、施行された法によって何らかの実害(それが精神的苦痛などであっても)が生じ、それを理由に訴訟が起こされた場合によってのみ、判断が出来るという仕組みになってるわけですね。
あくまで、具体的な事件に付随して違憲審査を行うわけです。

 ここまで書いてもよく解らないという人には、東京地裁の岡崎裁判長の言葉を引用した方が早いかもしれませんね。

“岡崎克彦裁判長は「閣議決定がすぐに原告の権利を制限するわけではない。具体的な法律関係の争いではないので訴えは不適法だ」と述べ、無効確認の訴えを却下。不安を理由とした10万円の慰謝料請求は「個人的感情にすぎない」として棄却した(閣議決定無効の訴え退ける 東京地裁(産経新聞))”



 つまり、閣議決定なり法案なりが原告に害をなしたかどうかが問題で、その点が認められないのであれば違憲審査に進む道理もないという話です。
 制度的にはそうなるよなってだけの話であって、安保法制支持派が喜ぶような内容でもなければ、反対派が憤慨すべき話でもありません。


 ただまあ……違憲審査について馴染みがない人が多いからこそ、前出の「最高裁が合憲と認めた!」と喜んじゃう人がけっこうな数出てきちゃったわけで、その点で政治的影響が皆無とは言えないのかなぁ、とも思いますが……報道各社ともに扱い小さい感じですし(訴訟内容考えたら当たり前といえば当たり前)、趨勢に影響はないのかもしれません。

 ともあれ、違憲か合憲かの判断以前で棄却されてるお馬鹿な訴訟だと思っとけば、まず間違いないと思いますよ。
 せいぜい、日本の違憲立法審査について無知な奴が、噴き上がって起こした訴訟とでも認識しておけばよろしいかと。


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ISを名乗る賊徒どもへの報復策

 信じがたい事に、今年に入ってまだ一ヶ月も経ってないわけですが……シャルリーヘブド紙襲撃について、なんか書こうと思ってたら、次から次へと……遅筆には辛い展開の速さですねorz

■イスラム国、後藤さんの画像投稿=湯川さん殺害か-安倍首相「許し難い暴挙」と非難
http://www.jiji.com/jc/isk?g=isk_date1&k=2015012500001

 今のところ真偽は不明ですが、人質の一人が亡くなるという、大変に残念な事態となってしまいました。正直なところ、人質になった経緯がアレなんで同情はしづらいのですが、同じ日本人が殺害された事は残念ですし、また、民生支援のボランティアなどで中東入りしてる民間人や、国連職員などが今後同様の危難に遭わないとも限らないので、国としてどう対処するかが、今後問われていく事になると思います。
 未だ人質にされている後藤氏の安否にも関わる事ですしね。

 ただ……現時点で日本政府が出来る事って、どれだけあるのかとは思います。もし仮に、海外の邦人救出に自衛隊を出せる法体系になっていたとして、なおかつ、それを行うだけの戦力があり、さらに中東諸国がその作戦行動に理解を示し協力してくれてたとしても、どこに兵を向ければいいのかさえ解らない(政府は必死で位置特定に努力してるとは思いますが)以上、直接行動は難しいところですし。今後の事を考えて(たとえは、アルジェリアでのプラント襲撃のような事件に対応可能な)、特殊戦のエキスパート部隊の編成や、派兵のための法整備は必要かとは思いますが。
 さりとて、新たな要求に従って、ヨルダンが収監しているテロリストの釈放をヨルダンに求めるってのも、当たり前の話ですが倫理的にも国際世論的にも可能ではありませんし(この辺の事情については、こちらの池内恵東大准教授の解説が詳しいです→「イスラーム国」による日本人人質殺害と新たな要求について)

 となると、日本としては今回の件、中東諸国に協力要請くらいしか出来る事はないのか?拱手傍観しつつ人質の安否を案ずるしかないのか?
 いいえ、一つだけあります。かなり乱暴な話ではあるのですが、それは何かというと……

日本から中東への、難民支援倍プッシュ


 ああっ!呆れないで!ページそっ閉じしないでええええ!!
 いや、一応の理屈はあるんですってば。

 えーと、もし要求に従って収監されているテロリストの釈放に日本政府が動き、ヨルダン政府がそれに応じて(まずありえない話ですが)釈放したとしても、後藤氏が危害を加えられず帰ってくる保証は、どこにもありません。そもそも、いくら支配地域に自分から立ち入った人間だとはいえ問答無用でとっ捕まえて脅迫のネタにしたり、男は虐殺・女は強姦なんて事を占拠してる地域でやってるような連中が持ちかけてきた取引を信用するとか、ちょっとお人好しに過ぎないかとも思うわけで。
 もしこちらがテロリスト釈放に動いたとしても、後藤氏はそのまま拘置され続けるという可能性は、結構高いんじゃ無いかとも思います。
 では、どうすべきか。もちろん、日本を脅しても何のメリットもないどころか、デメリットしかないことを骨の髄まで思い知らせるしかありません。平たく言ってしまえば、報復です。
 とは言っても、現行法及び現在の自衛隊の能力では、軍事的オプションは採りようがないですし、採れるだけの法制・編成があったとしても、それを遂行するには無理があるのは、先にも言ったとおり。
 となると、軍事的報復の次に、あるいは、それよりもISILが嫌がりそうな事は何か?それが、ISILの暴威によって難民化した人々への、経済支援だと思うのです。
 ISILの周辺で困窮する人々というのは、言ってしまえば明日をも知れぬ身であり、失う物が何もないという状況に置かれています。こうした人々は、その性格や善性の如何を問わず、テロリストのリクルート対象になりがち。先のシャルリー・エブド紙襲撃事件においても、実行犯はムスリムではあるものの、フランス国内の貧困層出身者だったという話もありますし。
 で、あるならば、地域の治安と民生を安定させ、難民を困窮から救い、日常を取り戻した中間層へと変化させるというのは、長期的にはテロリスト根絶に繋がる根治策となり得ると思うのですよね。
 なにより、ここ数十年続けてきた日本の対中東政策から一歩もはみ出しませんし、平和国家たる日本(あっはっは)のイメージにも、最も適合してるかと思います。

 ただ……中東への支援を理由とした法外な身代金から、ヨルダンに収監されているテロリストの釈放へと要求をシフトさせてるあたり、ISILに対して、中長期的な嫌がらせがどこまで通用するか、甚だ心許ないですが……支配ではなく統治の事を考えるならば、連中が支配地域でやってること、あまりにも無茶苦茶で、後先考えてるとは到底思えないですし。


 まあ、あたいがここで提案してる事も、おそらくは採用されるとは思いませんが(もし採用されたらなんかくださいw)、どっちみちテロリストの要求を呑む事は事実上不可能である以上、なんらかの措置を執って欲しいものです。 




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死体蹴りしてる暇はない

 さてさて、また随分と間が開いてしまって申し訳ない。今後ともお見捨て無きよう…

 さて、総選挙から一週間経ち、いよいよ本日の臨時国会で第三次安倍政権が発足する運びとなりました。自民党は議席を二つ減らしたとは言え、0増5減を考慮すれば占有率はほぼ変わらず、公明と合わせれば2/3を確保している訳で、まずまず大勝利と言っていいかと思います。
 アベノミクスの効果を確信し、その信認のために票を投じた身としては、一安心といきたいところなのですが……どうにもきな臭い話も多くて、ちょっと不安が残るところですね。

■第3次安倍内閣、財政健全化に不退転の姿勢で取り組みを=諮問会議議員
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPKBN0K00JZ20141222

 “民間議員らはまた、地域経済の改善も踏まえ、リーマン・ショック時に導入した地方交付税の「別枠加算」は終了を検討すべきだと指摘。危機対応として歳出総額の別枠として臨時的に追加されてきた地方自治体の「歳出特別枠」も縮小、または廃止していくべきだと訴えた”


 いやもうね……消費税の増税による衝撃が、そろそろ雇用にも影響が出る懸念があると言うのに(雇用関連統計14年8月~雇用情勢は改善傾向が続くが、企業の求人意欲に陰り・ニッセイ基礎研究所)、ここでさらに、ただでさえ苦しい地方を締め上げてどうしようというのか。
 まあ、これは政府の下に置かれているとはいえ、決定権のない諮問会議の言うことですから無視してくれる可能性もありますけど、介護報酬の減額の件など、依然として財務省は財政支出削減に闘志を燃やしているようで……

 財務省としては一定の財源の中で歳出を削減し、赤字を出さないことが本能ですし、省に期待されてる役割としてはそれでいいとは思うのですが、省庁を道具として使いこなさなければならない政府が財政再建などと言う小さな(と、あえて言わせて貰います)問題に拘泥し、その結果、景気が更に悪化してしまえば、財政再建(プライマリーバランスの改善)も夢のまた夢となってしまうわけで。順番間違えさせるわけにはいきません。
 アベノミクスを信認して票を投じた人は、自公の大勝に安心せずに、おかしな動きあったら党本部に言うなり、地元議員に陳情なりしていく必要があるかと思います。

 ただ、不安ばっかり煽るのもなんですので、ちょっとした希望も置いておきますか。

■グローバル化に透明性を パリ経済学校教授・ピケティ氏 (展望2015)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF19H05_Z11C14A2SHA000/

“――日本の現状をどう見ますか。

 「財政面で歴史の教訓を言えば、1945年の仏独はGDP比200%の公的債務を抱えていたが、50年には大幅に減った。もちろん債務を返済したわけではなく、物価上昇が要因だ。安倍政権と日銀が物価上昇を起こそうという姿勢は正しい。物価上昇なしに公的債務を減らすのは難しい。2~4%程度の物価上昇を恐れるべきではない。4月の消費増税はいい決断とはいえず、景気後退につながった」”


 以前からアベノミクスに賛同していたクルーグマン氏やスティグリッツ氏に加え、日本でも著書の邦訳によって名が売れ始めたピケティ氏のような、有力な経済学者が新たにアベノミクス(インフレ誘導)に賛意を示してくれてるのは心強い話。
 これで、緊縮による財政再建に凝り固まってる党内の議員を、説得する材料が増えると嬉しいところですね。

 てなわけで、未だに選挙の余韻冷めやらずって人も多いですし、結果についてグチグチ言ってる野党勢もまた多いのですが、与党支持者としてはまだまだ気の抜けない状況。
 死体蹴りに興じてないで、勝って兜の緒を締めよというのが、まさに当てはまるのが今現在だと思います。
 現政権が経済政策で道を踏み外したりすれば、もはや後に残るのは、自民党内においてすら、緊縮による財政再建派だというのを肝に銘じて、政府の動きを注視していきましょう。 



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何を今さらな『集団的自衛権』のお話

 まーた間が開いてしまいました。待っててくれてる方には申し訳ないorz
 時間が開いて体力的にも余裕があるときにボチボチ更新していきますので、気長にみてやってくださいませ。

 さて、集団的自衛権が閣議決定され、なにやら世間が騒がしいけど、皆様、何を今さらな大騒ぎをしてるんでしょうという疑問が強いです。
 憲法九条を改正しないまま、戦争へと大きく関与するのって、別にこれから始まるって訳ではないのですが。
 ちょっと、その辺の歴史をおさらいしてみましょうか。

 現憲法9条の下、我が国が戦争に参加した事例って歴史が古く、施行直後の1950年10月、朝鮮戦争の本山上陸作戦の準備として、機雷掃海を行ったのが始まり。当然の事ながら最前線もいいところでの作業ですから、事実上の参戦と言っても過言ではないかと思います。
 ただこれ、憲法施行直後ではあるのですが、皆様ご存じの通り、当時は進駐軍による占領のまっただ中。当然の事ながら主権回復前に拒否権のない要請を受けての結果(実際、当時の吉田茂首相は乗り気ではなかったようですし)ですので、日本独自の判断とは強弁は出来ません。ただ、状況によっては、主権者たる国民や政府の意向など関係なしに、いとも簡単に憲法が蔑ろにされてしまう事例として、覚えておいてもいいかもしれません。

 さて、朝鮮戦争が停戦に至り、ベトナム戦争などの国外状況を横目に、日本も表向きは戦争にかかわらず、国民も戦争など無縁な平和国家という幻想に浸りながら数十年を過ごしてきました……日本各地の米軍基地が、極東・中東方面に展開する米軍の後方根拠地になってたのを、日本による戦争への荷担に相当しなければ、の話ですが(個人的には、これも微妙な話だなーとか考えたりも。善し悪しは別として)。

 しかし、その幻想の時も、唐突に終止符が打たれました。湾岸戦争の勃発です。

 えー、これ多分『嫌々戦費供与しただけじゃないか!』と言われる方もいるかと思います。ですが、その戦費提供こそが問題であり、戦後日本のターニングポイントだったと、あたいは思うんですよね。
 これこそが、憲法9条に完全に決別し、戦争という行為を、道具として日本国が行使し始めた瞬間だったんじゃないかと。

 「戦費提供なら別に部隊派遣してるわけじゃないし、参戦とは言えないだろ!」

 と言う人もいますでしょう。しかし、昔から言うように、腹が減っては戦は出来ません。前線で戦うためには兵器や弾薬・燃料が必要ですし、それを扱う兵士達には、十分な糧食を与えねばなりません。
 そして、それらを購うには何が必要かと言えば……そう、お金です。
 どれだけ精強な軍隊を有していようとも、お金がなければ戦争は出来ませんし、そもそも軍備を整える事すら出来ません。つまり、戦費提供というのは、前線での戦闘と同等かそれ以上に重要な戦争行為と見なすべきであり、これをもって平和国家日本という看板は、完全に下ろされたと見ていいのではないでしょうか?
 あたいに言わせれば、『戦争のスポンサー』となってしまう事に比べれば、後のPKO参加なんて可愛いもんだと思うんですよ。実際、そっちは戦後の後片付けって側面の方が大きい場合の方が多いですしね。

 さて、話を集団的自衛権に戻しますが、こちらもすでに発動させちゃってるのに、何言ってるんだかなーって気分が強いです。
 どこで発動されてるかって?
 今現在も、ソマリア沖に派遣されてる護衛艦は国籍の別なく、紅海を行き来する船を海賊の攻撃から守ってます。これを集団的自衛権と言わずして何というのでしょう?そのためにジブチと地位協定を結んで基地まで作ってますし。
 更に言うなら、インド洋での給油支援。これもまた、比較的安全な後方での任務ではあったのですが、航続距離の短い艦艇へと燃料を補給することにより、より効率的なペルシャ湾での哨戒活動を実現したという点において、間接的ながら集団的自衛権の行使と言っちゃっても良いんではないかと思います。
 その点からみても、「日本が戦争をする国になる!」とか今さら何を言ってるんだと。

 つまりは憲法の戦争放棄にせよ、解釈論における集団的自衛権否定にしても、とうの昔に放棄された方針であり、安倍氏の暴走の結果そうなったわけじゃありません。てか、そこまでの力が安倍氏一人にあるわきゃないでしょー。


 ああ、だからってそれが悪いだの、9条を護れ!なんつー事は言うつもりはありません。憲法制定時とは国内国外問わず環境が大きく変わってますしね。
 軍備よりも優先すべき国力倍増要素が山のようにあった敗戦直後ならいざ知らず、今や日本はGDPでは第三位、紛う事なき経済大国であります。で、あるならば、世界から期待される役割も大きくなることは必然であり、今さら一国平和主義を掲げて列島に引き籠もってる訳にもいかないでしょう。
 事実、集団的自衛権行使も含めた軍事力行使を、PKO協力法成立の1992年以降行ってきたわけでして。
 今回の集団的自衛権容認の閣議決定と、今後続くであろう関連法の整備は、言ってしまえば現状の追認であり、遅すぎとすら言える措置だと思います。
 これまでは運良く、現場指揮官の判断でPKOに参加している他国の友軍を救うために、自衛隊が砲火を開くなんて事態は起きずに来ましたけど、今後もそれが続くとは限りませんし、そうなった時に現場指揮官が詰め腹切らないといけないような状態を、いつまでも放置しておくわけにはいかないでしょう。


 え? 集団的自衛権の容認が現状の追認であり、国際社会から求められる日本の役割を果たすために必要だと言うなら、解釈の変更ではなく、憲法を改正すべきだ?

 うーん、それ言われちゃうと結構困っちゃうんですよね。反論のしようがない大正論ですから。
 あたいとしても、憲法を改正して自衛隊の地位とその権限をはっきりさせるのが理想だとは思うんですよ。
 ですがこれまで長々と述べてきたとおり、日米安保の傘の下、平和国家の幻想を追い求めて、国外の情勢や、自国の為している行為にすら、我々国民や政治家の多くは目を背けてきたわけじゃないですか?
 議論すら許されない空気の中、割と暢気に過ごしてきちゃった人達に、急に「現実を直視して憲法を改正しろ!」ってのもなかなか難しいと思うんですよね。国際情勢の変化によって、日本の立ち位置がどう変わったのか、そして何を期待されているのか、真剣に考えてこなかったのですから。
 そんな状況で憲法を改正しようとしても、どう考えても時間がかかりすぎますし(第二次安倍政権が2期8年くらい続いたとしても、難しい気がします)、そんな国内情勢とはお構いなしに、日本の状況は良くも悪くも変化していきますし。
 で、あるならば、もう次善の策としては解釈改憲しか残されていない気がします。こう言っちゃ安倍首相を擁護しすぎの気もしますが、ある意味、理想を通せないが故の次善の策を取ったのではないかと、あたいなんかは思うんですけどね。
 せめて、湾岸戦争の戦費拠出の時に、きちんとした認識で議論が行われていれば、今頃はこんな下らない話でガタガタ騒ぐ必要も無かったんでしょうけど……

 で、今回の閣議決定による解釈改憲で「いつか狂人めいた奴が首相になって、徴兵制や侵略戦争に乗り出すに違いない!」みたいな話も流れていますが……これもいくつかの点でバカくさい話でして。
 まず第一に、もし軍国主義のキチガイじみた連中が与党になるとしたら、もうその時点で集団的自衛権の行使を容認していようとしていまいと、国民の支持の下で軍国化が進むわけですから、もはや安倍政権とか関係ない話になってしまうこと。
 そして第二点。こっちのが重要かもしれません。
 湾岸戦争における戦費供与の話でも言いましたけど、軍隊ってのは結局のところ、お金がなければ動けません。で、現代の軍隊というのは装備に金がかかるのは皆様ご存じの通りでして、にわかに外征可能な軍に自衛隊を改編しようにも、それには莫大な予算と、10年単位での時間が必要となるでしょう(参考にならないかもしれませんけど、開国から日清戦争に至るまでに30年近い歳月がかかってる事を考えるなら、ある程度まともな軍の編成に時間がかかるのは解って貰えるのではないでしょうか)。
 もちろん、徴兵制なんてやってたら、外征向きの装備を整えるような予算なんか、逆さに振ったって出なくなることは請け合い。

 まあそんなわけで、軍国主義政権の成立という非常に低い可能性の上に、外征軍の編成という、長い期間と予算を必要とする侵略戦争準備なんて事業をやり通すとか、ほとんど不可能な妄想と考えても良いんじゃないかと思います。


 ただ……最後の予算の問題は、実のところ集団的自衛権容認の立場においても、アキレス腱だと思うのですよ。任務は増えるのに、予算が増えないなんていう事態、ここ10数年の防衛予算の推移考えると、普通にあり得そうなのが頭の痛いところ。
 もちろん、国民生活に支障が出ない程度に軍事支出を抑えるというのは、健全な話ではあるんですけど、これから法整備がなされて自衛隊の任務が広がることを考えると、どうにも不安は拭えませんね。
 今の予算配分では結局のところ、上の無茶振りを下の献身が支えるっていう、太平洋戦争で破綻した構造の再現になりかねない気もします。集団的自衛権反対の人達も、こっちの方から攻めてみるってのも手だったのではないでしょうか(もちろん、予算が不足するなら増額しようとなって藪蛇に終わる可能性も割とありますが)。


 まあ、とにもかくにも、集団的自衛権の行使なんて、既に今さらの話題なのですが、これを契機に、日本が行うべき軍事力の行使や、その振るいどころの議論が深まれば良いんですけどね。

 どーにも、そうはならず、決まった後は誰もが忘れて自衛隊が苦労するだけって話になってしまいそうではありますが……
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